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手作りカレンダーと社長の一言

「ALWAS 三丁目のトイレ」

2005 年に公開した映画「ALWAS 三丁目の夕日」は昭和 33 年から 39 年の東京五輪が 時代設定だ、集団就職で上京した六ちゃん(堀北真希)の自転車修理工場主の堤真一が

扮する家族や近所、人々の漫画作品が基になっている。貧しいが共に生きる、楽しくも

また滑稽さが漂っていた。4 作目以降は堀北の役者引退で終了した。

日本でコンビニが開業したのは 1970 年(昭和 45 年)で、現在(2023 年)は全国で 5.7 万店舗に拡大していること。街角から田舎の町まで、席巻している。


「すみません・・トイレを貸してください」我慢出来ず急いで店内に入った。 コンビニ店の従業員の言葉「トイレ・・有ません」そうだ!確かにトイレ扉に〈従業員 専用〉と、平然・・・それでは子供や年寄りは困るのです





泥濘(でいねい)の月

大震災に遭遇したまえよりも、また10年以上前々の話。

仕事関係でいつか集合した男達「6人忘年会」は温泉地で一泊してゆったり飲食するのが通常であった。各自の運転で現地集合は忙しい男達にとって手っ取り早いことで、危険な飲酒運転の心配の皆無であった。それが続いた要因でもあった。

しかし誰からでもなく「6人忘年会」この集まりの話はほとんど無くなった。

 

「あの人は過去はどうだった・・・」「連絡なしで勝手に・・・」「陰口 いう・・・」

そうなのか、氷った言葉に愕然として身体が動かなかった。

一人遅れてきた温泉の急いだ廊下での漏れてきた話声がただ寂しく聞こえた。







変換時代

この秋には郵便料金が値上げとなる。平成 6 年(1994)に値上げして(消費税の UP の別)以来の大幅 30%上がり、ハガキは 63 円→85 円に定形郵便(封書)は 84 円→110 円となる。年賀状や手紙などをますます辞める人が増えることだろう。 パソコンは駄目という人もそれなりにスマフォを使いこなしている様には見えるが.も ったいない話だが、電話のみでメールは殆ど使わない人もまたいる。しかしそんな話も 希少となり、やがてメールがメインになるだろう。 非常に利便性がある。郵便ポストは要らない、辞書は不要、略字や脱字が判定できる。 しかし乍ら鉛筆やペンで書くことで得たもの、失うことを忘れてはならない








忘れえぬこと(突風と山火事と釣具)


趣味の釣り、午後からお休みにして、塩釜港の埠頭に車で急いだ。


だがあっという間にフェーン現象が発生し、う鳴りはじめ、いたずらを始めた。


杉立木に火の粉が飛んできたのはまさに一時であった。これが「対岸の火事」である。

「自転車が海に持って行かれた」初老の釣り人が顔色を変えて飛んできた来た。


括りつけていた荷物と一緒に海中に沈んで行ったのであった。数分で老人は、帰る足と


釣り具を失ったのである








コロナ禍前は・・・・

病室は温室だ。タイムスケジュール通リの生活、決まった時間に食事(点滴)が運ばれ(あるいは自分で運び)、検温され、排便の量や回数までチェックされ、果ては食事の量まで確認される。

当然部屋の温度は十分に管理され専門の医療スタッフ達の目の届く範囲のみに限りしか行動が許されない。楽しみは睡眠時間と三度の食事になってしまう

だから退院するということは自己管理を自分の手に取り戻すことなのだ。

闘病するということは自分から自分を取り戻すための戦いなのだ









『カラオケ居酒屋のマスターのメール』

店は大変ですけど何とか頑張っております。寄れたら宜しくお願い致します。  (22.3.3)

こんにちは 突然ではございますが当店は本年12月30にて閉店させて頂くことになりました。今まで足を運んで下ったお客様本当に、色々ありがとうございました。    (23.11.4)


<今度はこちらがもう暖簾をくぐる事ができません、20余年はあっとの間でした>







『芋煮会の候』

県境に近い熊ヶ根駅を通過する頃にゆったりと座席を確保できるようになる。だが無人駅の列車は疎らな乗降客でも、ゆったりの紅葉観賞を許さない。奥新川の渓谷添いを沿うようにスピードを上げ、分水嶺境口の仙山トンネルに突っ込む。

下り坂になるとさらに速度が増す。暗い先が一点の光りを差し、それが全体に大きくなり電車全体を明るく照らす、すると目指す停車駅である。





『残暑お見舞い申し上げます』

こんにちは 、今年の暑さにうんざりしています。ただ私の体調はいたって元気でちょっと不安だった永い時間の車の運転の方はまずは大丈夫というところです。

君のほうはどう?先日手術した白内障のほうはどうですか、あんまり無理せず通院生活をエンジョイして下さい。またお便りします。



『端境期(はざかいき)』


農作物(米など穀物)は年1回の収穫をして翌年の収穫までの間に利用(経済生活)する。在庫が底をつく頃から新米が出回る11月ころ、一般的には需要の途切れる時期を、米の端境期という。

今年は暑い、だから今のところは稲の生育は順調である。今朝の田圃では、はっきりと早生種と判る稲穂は重たくなって、葉も大分黄金色に変わっています。だからこそ端境期=葉境期と勝手に思った





『こんにちは・・・・』

お変わりありませんか、コロナ 禍は大分静かになってきましたね。4月になればいつものように山菜(ハワサビ)採りに栗原に行こうと声掛けしたのに、今年も反応はありませんでしたね。


 突然娘さんより、電話「7月から入院します」と、

そうだ、カミさんが亡くなってから一人暮らしが寂しいようだった、6帖の大温室を造り、花作りに励んでいたのにそれも止めていた。






『不思議なことば』

踊り場(別名スロープ) =階段の途中に設けられた幅の広い平坦

〃 (翻訳ライデング) =着陸、水揚げ、上陸

〃 (英訳 a dance Floor)=ダンスフロア

〃 (経済用語)=経済活動や株式市場が上昇ペースが一時的に鈍化し停滞状態になること


踊り場は、元々は西洋建築が入って来てからのことのようで、城郭建築には踊り場は無い、尚 更にその部分には吹き抜けや化粧階段をイメージして益々華やかさを感じるものです







『御茶ノ水駅周辺』

350 年も前に起こった仙台藩伊達騒動のことを想像することも、ましてや山本周五郎「樅の木 は残った」を再読することを今は考えていない、

しかし乍らコロナ禍のために中断した仙台藩士 真山刑部元輔のその後を追跡しようと気が済まないのです。

コロナが流行る 3 年前には上京し今も残る神田川(仙台堀)に微かには御茶ノ水駅、順天堂大学舎、水道橋(東京ドーム)、飯田橋等決して清冽と言い難い流れではあるが名残りはあった。

江戸時代初期の熱気はいまだにある







『年月経れば』

70才を過ぎて「終の棲家を建てるの」よ。そう言って新築してくれた御夫婦、その棲家で大震災に遭遇した。ちょっとして御主人は病に倒れ、それから追うようにして入所した奥様も施設のベットで亡くなった。


私事になりますが起業して2棟目であった。

伺った際は半ば傾斜し、沈下している古い建物。

だが少々穿った見方になった。





―スタジアムのお友だち―

「只今は地下鉄を降り、次の足のバスに移動するところです」

「自宅に着いたらTELします」

「しばらくぶりの勝利の乾杯ですね」

「来年はどこの席が見易いか、チケット情報お願いします」


あーいけない、ホーム最終戦、慌てて飛び込んだ地下鉄のエスカレーターで敬老乗車カードを落としてしまった。






『この最近にあった不思議』

連峰の升沢から小栗山のキャンプ場に四駆車か車高でやっと通行ができる道がある。ボコボコの山道、早場のキノコ狩りと思われる車に2台程すれ違った。ブナ林辺りでは高度計は830mを指していた。ブナの間に針葉樹が混じる頃は、高度550mに、

窓を開けた記憶がなかったが蚊が入っていた。広場で車を止め、両の掌を打ち蚊を叩いた。「バッチ、バッチ!」2度目、掌に血のりがベッタリ着いた

「畜生!喰われたな、腫れるな」  二日過ぎても、三日過ぎても症候が出ない?








『残暑お見舞い申し上げます』

暑い夏でした「女房が死んだよ」

病に臥せっていることを誰にも話しはしなかった、素振りも見せなかった、

気を張っていたのでしょう。

一周忌を過ぎたからです。疎遠になったのは、

そして一人暮らしの寂しさをただ語るようになったのは。





『 タマアジサイの頃 』

故郷の岩手の山はもう違っていた。「あんだ、何を採ってきたんだ!」と、そして「車の中は何なんだ」とトランクを開けたい様子そして眼。

もう二度と故郷の山には行かない。そして滅多に行けない福島の南限のタマアジサイのことを只々思った。





梅雨前に、久しぶりの県民の森ですが、いかが・・・誘いがありました。

これは残念、楽しみにしてたのに・・・「御免なさい」予定が取れません。

仕方なく、今たった一人クヌキ林を歩いてみました。タニウツギ、ノリウツギ、ノハナシ ョウブの群落が今見事に咲いていました。






『病めること、老いること』

突然、電話が「母が**月**日が亡くなりました」と入りました。

数年前にご主人が亡くなっってから、90才を過ぎての一人生活でした。

丁度、3ケ月前にも病院生活で「暖かくなったら、手摺を増やしたいと・・・」相談がありました。『耐震診断』相談からの震災前から十余年を続いたお付き合いでした。






『物、心不足』

新型コロナウイルス感染のために半導体が国内に入ってこない状態が秋頃から続いている。そのために給湯機、便座、ガスコンロなどなどが欠品、必要な時期に物が手に入らない。

ウクライナの情勢も切迫してなお価格の安定供給に見通しが立たない。








『またも地震だから・』

何度も地震に見舞われて「建物が弱くなっており、今後の地震で大規模な被害につながる可能性がある。補修するだけでなく、補強や耐震化を」専門家は叫んでいる。








『働き方改革』

新型コロナウイルス感染の拡大防止のために思いよらない形で、

テレワーク(リモートワーク)を導入体験をしている人が日本では多いとのこと。

まだコロナ禍の真最中の現在では早いと思うが・・・アフター・コロナのテレワークが日本企業に定着する可能性を専門家は1割弱ぐらいと見ているとあった。


現在の日本のようなメンバーシップ型雇用(人に仕事をつける)雇用スタイルから、

欧米一般のようなジョブ型(仕事に人がつく)への転換が必要とのこと。






『軽自動車・Smart』

今年の冬は降雪が多い、ワイパーの半回転運動は右左に忙しい、特に低温の朝はキュキュとゴムとガラスの擦れる音はストレスにも感じる。

30分の通勤の途中にある斜め下り道は特に厄介である。20~30台の車がストップ、仮に動いても「運転者の意志にはままならず・車任せ」となる。

昨年、健康上の理由で運転することを止められ、リース満期となり何時運転できることが判らないで乗用車に決別した。

3ケ月後、運転のOKが出ても、それはそれで簡単に不安は払拭できないものです。

今、軽バンを乗ってみれば燃費、小回り!良好!なによりも雪道、四駆、快適ではある。








『脅し、詐欺まがい』

大震災で瓦を飛ばされ、屋根を軽い鉄板に葺き替えしてもう10年経つ・・・

突然、携帯が鳴った「なんて仕事をするんだ」お宅の会社は!!

急ぎ現地に行ってみると全然問題無しです。最近、何度か同じ話を聞きました。

「お宅の屋根は大丈夫ですーよー」



『恩師を偲び、学友を思う』

古里の山頂に在ったイワテヤマナシの木はどうしたのだろう。

震災前2008年9月13日に行ったときは1丈(約3m)を超える樹高で

枝は両手を広げていた。小坊主頭の実を付けて、深緑色の葉っぱも沢山あったよ。

晩秋の晴空にきょうもありますか。




『けものみち』

朝30分余の通勤時間は当然、近道を急いで行く。

今朝も道路をゆったりと横断するイノシシにお目にかかった。

春時はウリボウ(子猪)達であったが、もう体長50㎝超えの成獣であった。

気象変動の暖冬で彼達の生息地域が拡大したことを言われることは久しい。

それよりも人間様も高齢化して容易に「鉄砲撃ち、くくりワナ」の里山に分け入る  ことが出来ないことになっている。





今月のひとこと


令和3年3月20日18時09分

家屋の倒壊を感じる強い揺れがきた

その日の21時、体調を悪くし7年前と同じように入院生活に入った

世の中はコロナ真っ最中、外部の人に会うこともない2週間の入院生活

今は元気になり、耐震診断・耐震改修工事を盛んにしています

頑張っていられるのは「薬を変えた方がいい」とアドバイスをいただいた

主治医の先生に感謝のこころです。







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